7/22/2007

第一夜

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘るって。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」

自分は、何時逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう。そうしてまた沈むでしょう。----赤い日が東から西へ、東から西へ落ち行くうちに、----あなた、待っていられますか」

自分は黙って首肯た。女は静かな調子を一段張り上げて、「百年待っていて下さい」と思い切った声でいった。

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

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自分はこういう風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日おいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されだのではなかろうかと思い出した。

すると石の下から斜に自分の方へ向くて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなって丁度自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと搖ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと瓣を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に撤えるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花瓣に接吻した。自分が百合がら顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら。暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気が付いた。



夏目漱石

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